根底にある想い

ここにあるのは、根底にある想いとメッセージ。
現在行っている様々な活動――森のワークショップ/コーアクティブ・コーチング/米作りなどは、すべてこの想いが、カタチとなって現れてきたものです。

2008/07 三重の森へ

森を求めて、ご縁をいただいた森を訪ねています。今回は、知人の導きで三重の森を二つ訪問しました。

まずは三重と奈良の県境にある名張というところを訪ねました。
駅周辺は大阪のベッドタウンらしく開けていますが、車で20分ほど入ると、過疎の進んだ山あいの集落になりました。 いまだ土葬の風習が残る地区で、現在と過去が混ざり合ったような場所でした。
周辺の山々を見渡せる丘のうえの焚き火スペースに、とても気持ちのよい風が吹き抜けていていました。
山々はやはりスギ、ヒノキの造林後のほったらかしになっているところがほとんどで暗い感じでしたが、20年ぐらいのスパンで森を再生させていくことを視野に入れるならば、こういう森を再生させていくというのもいいのではないかという印象を持ちました。

また、とても学びになったことは、地元の方々との人間関係創りの難しさでした。
よそ者が何かをやっているという疑いとねたみの気持ちを持ちがちな人々とどう関係を作っていくのかは、大きな課題であり、そのことは今後どこに作るにしても、私たち自身が持つ可能性のある課題です。
そこで思ったのは、対立ではなく中道の道を見出す努力の大切さでした。 相手がよくない、けしからんと争い続けていては、溝が深まるばかりです。
そこから第三の道を見つけ出す智慧、それを私たちも今後探求していく必要があるのだなぁ、と思いました。
相手への尊重と感謝、そして感情のもつれもオープンに出し合えるような場を維持することが大切ではないかと感じています。

そのあと、伊勢に入りました。
知人のご好意で、その日の夜は普段は入ることにできない伊勢神宮の月次祭(つきなみさい)という夜の儀式に参加させていただきました。 夜の暗闇を松明の炎が照らす中で、神楽の音が響き、厳粛さと畏敬の交じり合った空気が漂っていました。
そこを司る禰宜(ねぎ)の皆さんの雑念をそぎ落としたようなあり方、身のこなしが印象的でした。
伊勢神宮という特別なスペースを1300年も維持していること自体が奇跡だと思いますが、それもこうした方々の神様へのたゆまぬ感謝が生み出していることなのだと、深く感じ入りました。
そして、私たちが作ろうとしている場も、そこをホールドする人たちの思いの強さ、大きさ、純粋さが大きく影響してくるのだなぁ、とあらためて思ったわけです。

翌日、伊勢の街中から30分ほど山に入ったところにある横輪町という集落に案内してもらいました。 ここはもう驚きの世界でした。
ある場所を過ぎたところから空気が急に山のものとなり、その先にある集落には、どこか懐かしい原風景が広がっていました。
先人が長い年月をかけて積んだであろう石積みの田んぼが川沿いに広がり、そこから里山が幾重にもつらなっています。
田植えを終えたばかりの田んぼでは蛙が飛び跳ね、水路を豊かな水がしぶきをあげて流れています。 タイムスリップしたかのような空間にいると、心と身体がが自然と開いてくるのを感じました。
「こんな空気が流れる場所がいいなぁ」、と風に吹かれながら感じていました。

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